聖女様の居る処
まるでとろける様な甘い表情で私を見つめる彼は玉座に座る私の前に跪いて左手の甲に口づける。
そんな物語の王子様や騎士様のような行動に年齢=彼氏いない歴だった私の頬が色づくのが分かった。『ぅぎゃぁぁぁぁ』っと心の中で頭を抱えながら叫んでいる自分を表に出さないように、ニコリと歯を見せないように微笑む。
彼の容姿は人と少し変わっている。
その高い背は恐らく2mを優に超えている。
黒の髪と瞳は日本人である私のソレよりも深い一切光を反射することのない闇の色。
切れ目な一重の目。
鼻はすっと通っている。
紫に近い唇から覗く立派な二本の犬歯は鋭く尖っている。
額から生えている立派なツノ。
背中には私よりも大きくて黒い羽。
そう彼は人間ではなかった。
突然この世界に来て怯えている私に優しく差し伸べてくれた異形の彼の手は鋭い爪が綺麗に並んでいた。シャンデリア(ちゃんとろうそくに光が灯っていた)の明かりでキラリと光ったのを見て恐怖で思わず叩き払ってしまった。
反射的な行動をとってしまった私はそのすぐ後に殺されると溢れ出す涙を止める方法を模索することも出来ずに、ただただ声を殺して泣き続けた。
「落ち着くがよい、其方に危害は加えん」
低く響くその声に思わず顔を上げれば、そこには少し待ったような表情で私を見つめる彼がいた。
手を払ったときに、彼の爪でついた傷を綺麗な布で清めてくれた。
そして彼は私に人間と彼の種族―魔族―との係わりや私がここにいる理由などを彼がわかる範囲で話してくれた。
要約するとここは私のいた世界じゃない。
神から与えられた神術を使う人間と魔法を使う魔族が争っている世界、神から与えられる魔王と対立する力を得られるのは異世界の人間じゃないと駄目らしく、人間たちは神術を使い力のない女を異世界から召喚し“聖女”として神殿で『秘術』を使って“勇者を作る”らしい。帰る方法は魔界ではわからず、魔界で把握している限りでは帰った人はいないらしい。
この場所のシャンデリアの光も普通の火じゃなくて魔法の火を使っているから煌々と部屋を照らせることが出来るらしい。一部の神術が使えない人間や魔法が使えない魔族が使う火ではシャンデリア一つでここまで照らすことはできないらしい。
“勇者を作る”という秘術についてはほんの一握りの人間しか知らず、秘匿されているので詳しくはわからない。
わからないことだらけでどうしたらいいのかパニックになっている私に彼はその身を屈め視線を合わせてくれる。
「其方がよければ、ここで過ごせ」
「大切にする、誰にも其方を害させはしない」
そっと頬を撫でられて、別の意味でパニックになりアワアワとその手から逃げ出そうとすれば、優しくその腕に捕らわれて、囁かれ続ける。
男の人に免疫のない私はそれだけで、どうすればいいのかわからなくて“頷いて”の言葉に必死になって頷いた。
こうして私はこの世界初、魔界の客人として迎えられたのだった。
因みに、どうして初の客人なのかというと、この世界には魔族と人間しかいないらしいく、そしてこの世界の人間は常に魔族と対立しているので客人として迎え入れることはないそうだ。
それから彼の猛アタックが始まった。
彼がなぜ、どこにでもいるただの普通の人間に興味を引かれたのか分からない私は最初はそれなりに抵抗していた。
でも、言葉を交わしているうちに、彼に惹かれてしまった。
確かに人とは少し違う容姿をしているけど、彼の優しさは本物だと思ったのだ。
「嗚呼、魔王である我の想いに聖女である其方が答えてくれるなど、これほどの僥倖はありはしない」
最初は魔族としか名乗っていなかった彼だけれど、実は魔王様だったのです。
それを聞いた時は、正直“だからどうしたの?”という思いしかなかった、魔族という概念がない世界で生きてきた私には、魔族である彼を受け入れるのも魔王である彼を受け入れるのも大差なく。人外であっても、異世界という果てしない場所での迷子である私を受け入れてくれた彼。
彼が彼のままであるなら、その役職(?)の差なんてたいしたことではない。
もし私が、魔界でなく人間の国に保護されて、魔族のことを人を殺す化け物だと教えられていたならば、魔王は倒さなければいけない絶対悪なのだと信じ込んでいたなら、私の答えがどうなったかは正直自分でもわからない。
でも、私を助けて保護し、無償の愛を囁いてくれる彼をどうして邪険に扱うことなんて出来ない……。
心配そうに私を見つめる彼の瞳がどれほど優しいか、きっと貴方は気付いてはないんだろうな、と考えて少し嬉しくなった。
目の前で跪き、私の手を優しく握りしめる彼にそっと顔を寄せ、その頬に口づけを送る。本来なら唇にするべきなんだろうけど、それはまだ恥ずかしくて出来ないから精一杯唇に近い頬の場所を選ぶ。
突然の私からの口付けに驚いてちょっと固まった彼がまた可愛くて仕方がなかった。クスクスと笑うと意地悪な笑みを浮かべた彼の顔が近付いて来る。
両手を彼の胸に突き立て、必死で距離を取ろうとするが魔王様な彼とただの人間の聖女様(仮)の私では彼に敵うわけもなくあっさりとその腕の中に閉じ込められて、今度こそとゆっくり近づく彼の顔を見つめ続ける度胸のない私はさっさと白旗を上げて、目をつむる。
これは、聖女として召喚された異世界の人間の女性と突然魔王城に現れた人間を愛してしまった魔王のお話。
二人はそれからも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
そう締めくくることができるのかは当事者ですらわからない、前代未聞の恋物語。